『 この子は、どんな世界を見ているんだろう 』
〜 よっちゃんの ひとことコラム 〜
ある日の運動プログラムが終わったあと、一人のお母さんが私を訪ねて来られました。
「先生、うちの子は、どうしてあんなに耳をふさいでしまうんでしょう」
体育館で笛が鳴るたびに耳を押さえ、
みんなが楽しそうにボールを追いかける中、
一人だけ隅で立ち尽くしてしまう我が子。
「家では元気なのに、どうして体育館だけダメなんでしょう」
そんなお話をしてくださいました。
私は、お母さんにこうお伝えしました。
「もしかしたら、お子さんには私たちとは違う音の聞こえ方があるのかもしれません」
すると、お母さんは少し驚いた表情をされました。
「私は今まで、『怖がりな子だから』とか『慣れれば大丈夫』と思っていました」
そして、少し間を置いて、
「…今までずっと、苦しかったんですね」
と静かに話されました。
その言葉と表情が、今でもとても印象に残っています。
私たち大人は、自分が感じている世界を基準に考えてしまいます。
だからこそ、
- 「このくらいの音なら平気だろう」
- 「少し我慢すれば大丈夫」
と思ってしまうことがあります。
むしろ昔の私は、
- 「少し我慢すれば慣れるから…」
- 「慣れれば平気だから…」
と考えていた時期もありました。
でも、本編でもお伝えしたように、子どもによって感覚の受け取り方はさまざまです。
- 同じ体育館にいても
- 同じ音を聞いていても
- 同じ光を見ていても
感じている世界は同じではないんです。
私自身、このことを学んでから、子どもを見る視点が大きく変わりました。
- 「どうしてできないの?」
ではなく、
- 「何が苦しいのだろう?」
そう考えるようになったのです。
すると、不思議なことに、子どもたちの表情も少しずつ変わっていきました。
- 安心できる場所がある
- 苦しいことを分かってくれる大人がいる
それだけで、子どもは「やってみよう」という気持ちを取り戻していくことがあるんです。
感覚過敏や感覚探求は、見た目では分かりにくい特性です。
だからこそ、周囲の理解がとても大切になります。
保護者の方から、
「もっと早く知りたかったです」
という言葉をいただくことがあります。
そのたびに私は思います。
もし、この「知る」ということがもう少し早ければ、
- 親子で苦しまなくて済んだ時間があったかもしれない
- 叱らなくて済んだ言葉があったかもしれない
- 子どもも、自分を責めずに済んだかもしれない
と、確信しています。
すぐに正しい答えを見つけ出す必要はありません。
私も30年以上、子どもたちと関わる中で、たくさん失敗をしながら学んできました。
大切なのは、「分からないから教えてね」という気持ちで、
その子を見つめ続けることなのだと思います。
- もし今日、お子さんが耳をふさいでいたら…
- もし「行きたくない」と言ったら…
まずは理由を探す前に、そっとこんな言葉をかけてみてください。
- 「何かつらいことがあった?」
その一言は、子どもにとって「分かってもらえるかもしれない」という安心につながります。
そして、その安心こそが、新しい一歩を踏み出す力になるのだと、
私は子どもたちから教えてもらいました。
子どもの行動は、困らせるためではなく、伝えるためのサインなんですね。
▶︎ この記事が少しでも参考になった方は、ぜひ本編もあわせて読んでみてください。
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